〜心のかたち CONFIGURATION〜
幽玄なる彩色水墨画の世界 〜溶けあって昇華する東西の祈り〜
『甦るホーミー』
ホーミーとは、高さの異なる二つの音を一人で同時に出す唱法である。低い音のメロディーと笛のような伴奏が、鼻のホーミー、唇のホーミー、口のホーミー、喉のホーミー、胸のホーミー、腹のホーミーとして歌われる。古くはモンゴル西部のアルタイ地方で始まったとされるが、習得が難しく、体力を消耗する唱法のため、ホーミーの歌える人は少ない。
ホーミーの生まれた理由には、家畜への呼び掛け、仲間との通信手段、魔よけ、神との交信手段などが拳げられる。実際、授乳を拒んでいた母畜がホーミーを聞いて乳を与えるようになったり、ラクダは涙を流したりするという。ホーミーの持つ何か摩訶不思議なエネルギーが、家畜たちの心を癒し穏やかで幸せな気分にさせるのだろう。動物たちと交信するためには単なる人の声ではなく、高度で複雑な歌唱法のホーミーが必要であったというわけだ。抽象的な音声と、さらには人の耳に聞こえない超音波は、まさに人の声を借りた神の声であったのだろう。それ故に、苛酷な自然環境の中、大草原で遊牧生活を営むモンゴルの人たちにとって、ホーミーはまた、天地自然への畏怖や祈り、感謝の気持ちなどを神に伝える手段でもあった。
ギタリストで作曲家の小馬崎達也氏は、一昨年ヨーロッパ公演旅行中、ポーランドで一人のホーミー唄家、ミロスラフ・ラジコフスキー氏に出会った。東洋思想への関心からホーミーの唄い手となったという氏だが、モンゴルでもマイナーなホーミーに何故にヨーロッパ人の彼がのめり込んでいったのか。その昔、モンゴル帝国に侵攻された歴史が文化として残っていたからなのか、あるいは、平坦なポーランドの大地とモンゴルの草原に何か共通点があったからなのか…。
いずれにしても、西洋楽器のギターを弾く日本人と、東洋のホーミーを唄うポーランド人の出会いは不思議な巡り合わせであった。そんなジャンルの異なる二人の心が通じ合って、昨年秋、ポーランドでユニークな一枚のアルバムが生まれた。
ラジコフスキー氏のホーミーは、地中から湧き起こり、地を這い、昇っては天を震わせ、降っては地を揺がす。時にはグレゴリオの聖歌、時にはブルガリアン・ボイス、時には読経のように。しかし、それはあくまでも素朴で簡潔で単純、内なる想念や情感は濾過され、天地・自然への感謝と祈りが寡黙に唄われる。
小馬崎氏のアコースティック・ギターの響きは、強く弱く、高く低く、主となり従となってホーミーを包み込む。白黒の伸びやかな筆致の水墨画(ホーミー)上を、透明な水彩画の絵筆(ギター)が自在に走ったともいえようか。慎ましくも凜とした一輪の野の花のような、東洋でも西洋でもない奥深き彩色水墨画が描かれたのであった。
井上勝六(クリニックいのうえ)
|