Febian
Reza Paneのホームページ
(Piano)

1961年東京生まれ。父はインドネシア人、母は日本人。83年東京芸術大学作曲科卒業。西洋クラシック音楽の素養を生かしつつ、ジャズ、世界の民族音楽の要素を取り入れた独自のピアニズムを確立。
86年のネオ ・シック・ シリーズでErik
Satie集『海辺のサティ』他を編曲、演奏してアルバムデビュー。翌年、ピアノ・ソロによるクリスマス曲集『What
are you doing christmas
eve?』をリリース。また、大貫妙子のピュア・アコースティック・コンサートに参加、10年以上に渡り演奏及びアレンジを担当、彼女初のサントラ盤『東京日和』、New
Album『アトラクシオン』にも参加している。
89年、宮野弘紀(guitar)のバンド、アコースティック・
クラブのメンバーとなり、『コラージュ』、ゲストにGary
Barton(vibraphone)を迎えた『My Funny
Valentine』を発表。その後活動休止期を経て現在ライヴ活動を再開、アルゼンチンのケーナ奏者ホルヘ・クンボ氏とのコラボレーションをスタートさせている。
92年、シンガポールのDick
Leeと出会い、彼のミュージカル「Nagraland」日本および香港、シンガポール公演において音楽監督を担当。この時リリースしたイメージアルバム『Voicenesia』で初めてガムラン音楽の影響を受けた作風を表したことにより、自分の中に流れる南方の血を意識し始める。
94年、坂田明中央アジアツアーに参加、ウズべキスタン、モンゴル、中国を訪問する。その後も「ハルパクチコイダ」のメンバーとして活動、アルバム『海』をリリース。95年、吉野弘志(bass),ヤヒロトモヒロ(perc)とのトリオによる『ガネーシャの夢』をリリース、現在はGaneshan
Trioとして活動中で、主に熱帯アジア諸国を想定した自然との対話を表現した楽曲でのエコロジー感覚を強く打ち出している。
96年、ボイスネシア ・トリオ(彦坂眞一郎alto
saxophone、高良久美子marimba,
perc)を結成。父の国インドネシアのガムラン音楽と母の故郷の山河の原風景をテーマに幻想的な瞑想世界を描いている。
99年9月にアルバム『ミンピ(夢)』をリリースした。97年はSaxophone奏者とのコラボレーション、委嘱作品の多い年となった。植物をテーマにした宮野裕司(Alto
Saxophone)とのデュオ・
アルバム『プランタール』、彦坂氏委嘱による「二つの色彩的な踊り」「種なし爆弾の目覚めとその変容」(同年リリースのアルバム『ダンス』に収録)、Harmo
Saxophone Quartet委嘱作品「南の島の物語」(98年2月リリース『British
Winds』に収録)がそれらである。
95年より、清里在住のギタリスト・作曲家小馬崎達也とコンサート活動を行い、これまでに『月の組曲』『森の組曲」『風の組曲』の3枚をデュオでレコーディング、97年にリリースした。さらに同じ会社Dellaから98年6月、ピアノ・ソロによる書き下ろし曲集『海の幻想曲/Ocean
Fantasy』、99年9月に浜田均(vibraphone)とのデュオによる書き下ろし曲集『森のうた/Forest
Songs Suite』を発売している。
その他に小野リサ、長谷川きよし、赤木りえ、中村善郎、金子飛鳥、早坂紗知STIR
UP、さがゆきSUARA
OMBAKなどのバンドやユニットなどで幅広い音楽性を遺憾なく発揮、サポートミュージシャンとしての可能性をさらに広げ続けている。
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1978年中国最大の民族楽団「中国中央民族楽団」入団。85年管弦楽部門副首席となる。88年来日。作曲家服部克久氏のアルバム制作にソリストとして参加。94年5月ビクターよりCD「華弦」をリリース。97年5月、自らがリーダーを務める中国
民族音楽グループ「賈鵬芳&天華アンサンブル」のコンサートを開催。9月に中国人として初めてニューヨーク・国連国際会議場で演奏。同じく9月にカーネギーホールにおいて特別ゲストとして東京ポップスオーケストラ及びニューヨークポップスオーケストラと共演。中国民族楽器は言うまでもなく、ポップス畑や邦楽、クラシック、世界の民族楽器とのジョイント各方面で活躍。東京芸術大学大学院音楽学部修士課程卒業。「天華ニ胡研究会」主宰。中国音楽家協会会員、中国民族管弦楽学会員。東洋音楽学会会員。中国民族音楽グループ「賈鵬芳&天華アンサンブル」を率いる。
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津軽三味線横川流総師範。千葉県成田市出身。十代の頃より全国の民謡舞台を経験。1987.三味線グループ「バチサウンズ」を結成、一世風靡と共にN.Y.アポロシアターにて出演。その後ソロとし数々のコンサート、イベント等に出演。海外ではアムステルダム、ベニス等にて独演会、韓国ソウルに於いて尺八の山本邦山氏と「芸術の殿堂」にて公演。従来の三味線奏法にとらわれない独自の技法で様々なジャンルのミュージシャンと共演。現在、邦楽器を中心に「じょんがらくらぶばんど」を率いてオリジナル曲中心のライブ活動を展開中。
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(琉水鉦・percussion)
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82年国立音楽大学打楽器科卒業後、自らの創作した「琉水鉦」をはじめ各種打楽器類を用いて演奏活動を始める。インド、アラブ音楽、フラメンコ等、様々なアーティストと共演。即興音楽を主体とした演奏により瞑想的空間を作り上げている。1997年、自己のグループ 「サムサラ」で「睡蓮の花の上で」を発表。
現在、ギター、邦楽器とのユニット「パンゲア」の打楽器奏者として活動中。
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<主な活動歴> |
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(sax,clarinet) ![]() |
1954.7.4生れ。台湾出身。土岐英史氏に師事。JAZZのビックバンドやクラシックのオーケストラの経験を生かし、ジャンルや編成にこだわらないクロスオーバーな音楽活動を展開している。管楽器奏者としては珍しく、クラリネットとソプラノサックスを持ち換える。西洋的なジャズ風の音や古典的な音そしてアジアの香りを創り出している。八ヶ岳を活動の拠点しているグループ「マウンテンパパ」や「H2O」などで活躍中。
(accodion)

1972年生まれ。 12才で、第4回全日本アコーディオン・コンテストの、ジュニア部門1部優勝。1985年から在日フランス人アコーディオン奏者 故デデ・モンマルトル氏にクロマチック・アコーディオンを師事する。 13才で、第15回全日本アコーディオン・コンテストの、ジュニア部門2部優勝。総合準優勝の成績を収める。 現在本格派フランス・ミュゼットバンド、「ビストロ・テンポ」のメンバーでCDアルバム「恋人達のミュゼット」(1〜6集)が、リリースされている。また、在日フランス人アーティスト、パトリック・ヌジェや日本を代表する歌手菅原洋一のレギュラーバンドメンバーとしても活躍し、1997年にはフランスとアルゼンチンで、ジャクリーヌ・ダノ&松本幸枝のワールドコンサートツアーにも参加し、日本ではボタン式アコーディオンを操る最年少の本格的アコーディオン奏者として注目を集めている。
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(風舞) ![]() |
十世(風舞)・児野とよ 長野県木曽福島に生まれる。
ジャズダンスから踊りの世界に入り、クラシックバレエ、モダンダンス、ヨガを習う。既存の踊りの在り方に疑問を持ち始めた頃、1988年
オーストラリア人ダンサーJanis
Claxtonと出逢い、形にとらわれない自然で自由な踊りに目覚める。その後、独自の表現を求めて、舞踏を原田修三郎氏、大野一雄氏、吉本大輔氏に、エリック・ホーキンステクニックを宮崎祐子氏に師事、そしていろいろな舞踊家のワークショップを体験し、コンタクトインプロビゼーション、The
Wave、民族舞踊等にも出会う。
また、からだのほぐし方を野口体操、池田自然体操、操体法等に学ぶ。地唄舞を吉村典園氏に師事する。
1989年
より”風舞”と題してソロ活動を始める。代表作品に”風聴香・一の香・光のゆらぎ”(ギター
小馬崎達也氏、ピアノ フェビアン・レザ・パネ氏、笙
田島和枝氏)があり、日本、ヨーロッパ(ポーランド、スイス、フランス、イギリス、ドイツ、イタリア、ハンガリー)で公演している。
国際交流基金の助成を受けて、1997年にはブダペスト舞踏フェスティバルに参加、また、1999年には、ブルガリア・ソフィア文化宮殿とイタリア・ローマ日本文化会館での「小馬崎達也&PANGAEAコンサート」に出演。2002年秋には、イタリア・アッシジ(聖サンフランチェスコ教会大聖堂)、チュニジア(カルタゴ・アクロポリウム)での「天台聲明音律研究会と小馬崎達也&PANGAEAコンサート」に出演。2005年秋には、「小馬崎達也&PANGAEA バルカン諸国&トルコ公演」でクロアチア、セルビア、ブルガリア、トルコにて12都市14公演を行う。
”風舞”は、即興性が強く生の演奏とのコラボレーションが中心で、国内外の音楽家達との活動の輪も広い。ポーランドの公演では、ホーミー奏者Miroslaw
Rjikowski氏 と共演している。
また、富士山麓、八ヶ岳山麓などの自然の中でのパフォーマンスも多く、風、空気、エネルギーといったの形のないものからのメッセージを肉体を通して伝える試みをしている。 寺や神社、教会での祈りの舞の奉納も行なう。1998年には、長野戸隠五社でスーザン・オズボーン氏らの音楽と共に舞を奉納、1997年には大津三井寺(園城寺)、2001年には飛騨千光寺、上田別所温泉
北向観音堂と常楽寺での聲明との音楽法要で舞を奉納する。沖縄で慰霊のための舞の奉納を2003年より毎年行っている。
その他ソロ活動以外にも、吉本大輔舞踏公演、yuko(宮崎祐子)スタジオ公演等に出演し、シュ・ウエムラ メイクアップアートには客演として参加、パリではJanis
Claxtonとコラボレーションを発表している。
こころの癒しとしての肉体表現、瞑想としての踊りを目指し、祈りの舞を行なう。
1999年より、ダンスワークショップを主催する。障害を持つ人たちとの活動も積極的に行っている。
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(箏) ![]() |
4歳の頃より鈴木いね子(祖母)に箏の手ほどきを受く。箏と地唄三絃を小野衛、篠笛(みさと笛)を山川直春に師事。NHK邦楽技能者育成会卒業。
現在は箏曲七声楽院主宰、現代邦楽会副会長。指導の傍ら演奏活動にも励む。
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(篠笛、能管、箏) ![]() |
幼少の頃より母・仲林光子から、篠笛(みさと笛)と箏の手ほどきを受ける。篠笛と能管を鳳声晴由、箏を小笠原節、江戸神楽を駒崎豊次、江戸囃子を小林一奏、矢作伸二にそれぞれ師事。1995年NHK邦楽技能者育成会卒業。日本の伝統音楽はもちろんの事、西洋、インドの楽器など、様々な分野の演奏家と共演し、積極的にコンサート活動を行っている。また、祖母である鈴木いね子(現在95歳)が創立した「箏曲七声楽院」の3代目として2代目仲林光子と共に後進の指導、学校公演等で活動している。
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<主な活動歴> |
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(和太鼓) ![]() |
和太鼓「梵天」・未来太鼓道場代表。和太鼓を中心に中心に様々な可能性を追求している。「みらいグループ」を主宰し、全国の和太鼓イベントやコンサート等で活躍している。
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(笙、篳篥) ![]() |
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篳篥を大窪永夫師(宮内庁楽部楽師)に師事。NHK邦楽技能者育成会第35期卒。
13歳より篳篥を始める。
百有余年の伝統を持つ「小野雅楽会」の首席篳篥奏者として、国立劇場、オペラハウス(シドニー)、ロイヤル・アルバートホール(ロンドン)等、国内外での多くの雅楽公演に参加する。
85年より国内最高峰の民間雅楽団体「十二音会」の会員となり、“正統な雅楽”の普及伝承に努める一方、91年に雅楽器奏者として初めて「日本音楽集団」に入団。新日本フィル、大阪フィルを始めとするオーケストラとの共演や「プラハの春」音楽祭などさまざまなステージで、あくまでも古典を踏まえた深い篳篥の響きを追求する。
94年、日・中・韓
3ヶ国70名の民族楽器演奏家で成る「オーケストラ・アジア」の旗揚公演(芸術の殿堂コンサートホール/ソウル)に参加し、以後
国内外でのコンサートツアーを務める。また「平安建都1200年記念祝典」、政府主催「戦後50年を記念する集い」で演奏。
映画「もののけ姫」サウンドトラック盤 録音などにも参加。冨田勲
作曲「交響絵巻 千年文化
源氏物語」東京公演(NHKホール)を皮切りに、ロサンゼルス公演、ロンドン公演(ロイヤル・フェスティバルホール/
オーケストラ:ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団)にソリストとして参加し、好評を博す。
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(electric bass) ![]() |
1961年栃木県矢板市出身。ベースは独学、某大手楽器メーカーを経て、後にギター・ベースのメインテナンスを修得。1999年に小馬崎氏と出会い、みしま桐ギターをきっかけに交友を深める。実は、楽器の修理、調整のプロフェショナルという異色のべーシスト。2003年3月よりパンゲアに加入。
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朗読・散文家
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コントラバス ![]() |