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我が家の介護日誌 P-18


浅川太陽光発電所
所長 浅川 初男

それは、突然やって来た。!!!
平成28年3月、母がデイサービスに行くと、言い出した。
今まで、家族や、ケアマネ、訪問看護士、ヘルパーさん等が、いくら進めても
行くのは嫌だと、言っていたのに。


この頃、母を病院に連れて行っても、診察順番を無視して、窓口に詰め寄り同行している私としては、困ったものだと困惑している。
診察順番の30分間が待てないのです。とっても、気が短くなり、直ぐに、文句を周囲に漏らし、それを私が注意すると、最終的には、私に当たってくるので、病院の通院時も、気お使いますが、周りの患者さんには、申し訳なく思います。
待ち時間が長くなると、問苦を言うので、診察順番予約の時間に行きたいのですが、母は、そんな予約は、おかまい無して、早朝より病院への出発を促します。予約時間に合わせて、家を出ると言うと、母は、「早く言って待っている方が、落着く」、「早く行けば早く診てもらえる」
などと言って、予約時間の意味を理解しようとしません。
当然、息子の私と、出発時間についてのトラブルに成るわけです。
「そうやって、年寄りを虐めろ」「年寄りは、邪魔になるからな」
とか言って、私に、早く車を出すように催促します。
こんなことが、今年に入ってから頻繁にあり、ケアマネさんと相談をしていた矢先、母自身から、デイサービスに行くと言ったのです。
デイサービス利用も、何年も前から相談をしていたのですが、母本人が、「まだ行くには早過ぎる」「ゆっくり考えてから」「来年の春には」「暖かくなってから」等で、デイサービス利用をと言ってから、3年ほどの時間が過ぎていました。
母の病院帰りに今は、
無い小学校の跡地から


母と、初めて、サクラを眺めながら、車で近くを回った。
平成28年になってから、著しく老化が目立つようになった母。
冬期は、家の外には出たがらない母が、暖かくなるとともに、庭先に出没する。
例年、この出没で、庭先にある草花が、除草作業の名のもとに、母により壊滅的な被害を被るのだが、今春はそれも無さそうと、思っていたならば、やってくれました。ルピナスの新芽が刈り取られていました。
驚いた私が、庭先の花壇との境に柵を作ると、草いじりが出来なくなっての
デイサービス利用になったのかも?

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でも、こちらは、無事でした。
そんな、こんながありましたが、デイサービスを無事に体験し、楽しそうでしたが、2回利用した当りから、お金が掛かるから行くのは嫌だと、言い始めましたが、何とか利用していたのですが、5月の連休を利用して、妹が家族で、様子を見に来てくれ、安心していたならば、連休が終わると同時、いやいや作戦が始まりました。
利用時の必要品については、決まった物があるのですが、それが気に入らず自分で用意した物を、持って行こうとします。
必要品が決まっているので、通いバックに一式詰め手おき、連絡帳と一緒に渡すことになっているのですが、私がいない時に、バックの中身を全部出して、全く違う場所に置いてあり、母に尋ねると「私は知らない、誰かがやった」
「そうやって、親を虐めろ」「そんなバックは知らない」と言い出します。
どうも、母のセンスに合ったバックで無かったのが原因かもですが、全ての必要品が無くなったので、探すと、家のあちこちから見つかりましたので、安心しましたが、薬入れだけは見つからず、新しい物に変えて、薬も無くなっていたので、補充も、しおくことにしました。(家捜しは疲れます)
とにかく、デイサービスのローテーションを、うまく回すのには、母の機嫌取りが大切な作業になることを学びました。
とある日の、食事メニュー写真
母の好物である、煮豆を作り、排便のリズムを整えるために
別の入れ物に入れて、煮豆を渡すのですが、一度に食してしまい、効果が現れにくいので、プレートの中に副食材として、入れることにしました。




5月の連休が終わった当りから、母の体調が崩れ始め、翌週から、病院通いになりました。カゼを引いたらしく、息苦しいと訴えたので、すぐに病院に連れて行き、対応をしていただき、ほぼ一週間で元道理になりましたが、後半からは、私がそれをもらい、悲惨な状況になりました。
声が出なくなり、母との会話が無くなったと同時に、母の態度が変わり、入れ替わり、色々な要求をするようになり、声が出ないのと、要求をかなえようと体調に異変をきたし、かなり大きな声を張り上げないと、声にならず、その様子に驚いたのか、となりの親戚に、私が大声で怒鳴って怖い、訴えに行ったようです。こんな一週間を過ごし、後半には、入院を考えましたが、何とか、持ちこたえ、運転が出来るようになったので、母の通院と一緒に、私も、診察を受けて、薬を出していただきましたが、薬局で問題発生!!!
処方薬が、私の治療薬と重なる部分があり、薬剤師さんは、医師の見解を確認してからで無いと、処方できないことになり、その場では受け取らずに、改めて、数時間後に薬局を訪れ、処方薬を無事に受け取ることができましたが!!!!
病気によっては、投薬の重なりがあるので、そのチェクをしていただける薬局の薬剤師の役割は大切な物があると、今回は感じました。
 問題発生。 病院の広い駐車場に止めておいたのに、愛車が傷物に!!
傷があり、いくら古いからって言って、フロントウインカーが、突き壊され無惨な姿に、相手は、当然、居りません。 当て逃げだ・・・やられた。
高さからすると、車種は、特定できるのですが、壊れた破片は何処を探しても見つかりません。確信犯にやられた。・・・けが人が居ないだけ良いと思うことにしました。
散々な、平成28年の5月を過ごすことになりました。
5月の後半にそれは突然訪れた。 
深夜1時半「インターホンの連打」何事かと母の様子を聴くと
「いつになったら、夕飯になるのだ!! 早く夕飯を食べさせろ!!」
急いで母の所に行き、何時か分かるかと尋ねると、「午前1時半だ、いつまで夕飯を待たせるのだ」と言って利きません。夕飯はとっくに済ませて、眠っていたのですが、突然思い立ったのか、夕飯を食べていないと言い張りますので、軽く食事を用意して、様子を見ていると、食べ終わると、静かに眠りました。
朝になり、昨夜のことを尋ねると、覚えており、「おら〜、惚けた」「困ったもんだ」と、しきりに言っている母の姿がそこにありました。
普段の攻撃的言動とは、かけ離れていて、余りにも、拍子抜けした。
(老いたのを再確認する)
6月に入り、気温も上がり、母の行動も、ある意味安定していたが、我が家は、標高900m、朝晩の気温は、激しく、朝食を用意して母の所に行くと、「寒い」と言っては、私が、Tシャツ姿でいると、驚いている母がいる。
実際は20℃を超えているのだが、母には寒く感じているようである。しかし昨夜は違った、夜間の温度が上昇したので、午前2時までは、心配で、1時間ごとに母を確認していたのだが、疲れて、これ以降、2時間ごとになった。
朝食を用意して、母の所に行くと、部屋が模様替えしてあった。
母は、自分でしたのだが、記憶に無く、「誰かがやったと」言っているが、自分一人しか居らず、鍵もかかっていたので、母が自分で模様替えをしたのだと思うと言っていた。母自身も、自分でしたことに驚いている。
無意識と言うか、普段と違う行動をする時は、母には、普段動かすことの出来ないはずの、重いものも簡単に動かしている。
これには、母自身も驚いていた。自分の行動に驚く母を看て、私は更に驚いていたが、普段の母になっていて、安心した私がそこに居た。
母は、一つのことを思いつくと、一心不乱にする傾向にある。
母の髪の毛を染める行動がそれだ、普段は一人では出来ないと言って、私たちが手を貸すのだが、思い立つと、1月に2回も染めることがある。
最初は、美容室に行く時で2ヶ月に1度ほどだったのだか、何かが変わり1ヶ月に一度になり、今では、思い立った時になった。染める間隔と、薬品の使用量が異常に多いので、注意すると、母の機嫌を損ね、拗ねてしまい、自分一人で染める。白髪染めを母の手の届かない場所に置くのだが、それでも、棚から取って、思いもよらない場所で、自分一人で染めている母がいる。
今回は、台所のキッチンで染めていた。
私たちがいると、風呂場、一人だと、洗面所、それが、湯沸かし器のあるキッチンへと移動している。廊下には、白髪染めの薬品が落ちていたり、玄関の角に白髪染めのチューブが空になって、転がっていた。
驚くのと
どのように注意したらではなく
母が行動する前に
対応方法を
考えないと、
間違って、薬を使用、したならばと、考えてしまう。


いずれにしても、気が抜けなくなって来ている。

○朝の食事



朝食の準備をしている時に、インターホンが鳴る。
母の朝食を作っている時にインターホンが鳴るので、もう少ししたならば、母の所に作り立ての朝食を持って行くので、催促のインターホンと思っていたならば、大げさなことを母がしでかした。
隣家の家まで行き、私がインターホンに出ない、朝食が食べれない、更に、私の体調が悪い(死んでいる)のでは、などと言い、隣家の人に付き添われ自宅に帰ってくる母。
この間、私は、母の朝食を準備し、母の所に持って行くのだが、当然母は、隣家に出向いており、不在、母を探すと、隣家の人と帰宅する母。
表向きには、私の体調を心配する言い訳。
朝食を7時に持ってこないと、6時50分からのインターホン
今日は、月曜日デイサービスの日、朝食を早くとり、デイサービスに出かける準備をしたかったのに7時に朝食を持ってこない。インターホンを鳴らしても反応がない。だから隣家の人を呼びに行った。でした。


隣家の人が付き添って母が帰宅して来たので、昨日も、夕方、普段は登ってこない急階段を上り、私の部屋まで、母の弁当容器を持って来て、いきなり部屋に入って来た母、私を驚かす変な行動をしていたし、昨晩も、夜中まで起きていた様子で、24時に見回りに行ったならば、寝ていたので、安心していた朝の出来事。今朝も、3時半、4時半,5時半と何も無かったので安心していたのだが、朝食の準備をしている時のほんの短い、15分余りに起きたこと、隣家の人に付き添われ帰って来た母に、朝食が用意してあることを納得させ、朝食後に服用する薬の用意をして、それから私の朝食の準備にかかる。
母が出かける9時までには、気が抜けぬ。
母に、何らかの予定がある日は、要注意!!を今更に感じた。
後で隣家の人に御礼を言っておこう。御礼を言うのを忘れていた。


もう少し、落着いて
介護に当たりましょう。


介護で、イライラ


落着かねばと思うのだが
デイサービスを利用している、息抜きの時間を休息に当てよう。


今回の騒動、隣家も気付いていました。朝4時半に各部屋のカーテンが開いている。不思議に思いながら、散歩に出かけ、帰って来たならば、そこに母が訪ねていって、インターホンを鳴らしても、返事がない。ご飯を持ってこない。死んでいる。一緒に見に行ってくれ、だそうである。午前7時5分のことである。他にも、昼食を食べた母のもとに、心配で隣家が訪ね一緒に話をしていたとき、私の所が、静か過ぎる。物音がしない(客(隣家)が来ているので、安心して薬を服用して、わたしは、爆睡)死んでいるのではと、隣家の人と一緒に見に行ってくれとせがむ。等々、6月に入ってから母の奇行が目立って来ている。(母本人は、奇行とは思っていない)
いくら、隣家の、親戚と言っても、早朝から奇行の母に訪ねられても、面食らう。(すごい形相)ただならぬ雰囲気であったそう〜な。
まえもって、私が話してあるから、奇行で済んでいるが、大変な騒ぎになる所である。周囲の皆さんの強力をお願いしての、母の見守り介護。


こんな行動が、昼夜、ランダムでやってくるのが、介護なのです。
そう言えば、戸棚や、炬燵の中、確認しないと。
冬眠ではないが、食事の残り物を隠す習性があるので・・・・・この時期
食当りに注意・・・・ランダムに色々なことが起こります。

○介護人による○人・虐待・暴力・・・・・納得がゆく



介護をやっていて、一番惨めになる時は、介護はあたり前
一所懸命、良かれと思って、介護して上げても、あたり前
危険、注意をすれば→親を虐める→親を虐めて面白いか
こんな言葉や、睨み避けたり、物に当たったり、様々な行動を取ります。
母の奇行
庭先の、母の気にいった
花だけを残し
後は、全て刈り取る
家庭菜園だけは
母の手を入れさせぬようにしている。
いつも犠牲になのは
ニラの列。


声が、荒がるのも、仕方なし、暴力を加えてまで、直そうとは思わないし、
母は、だんだん奇行が多くなることは、覚悟して、どこまで出来るか、見守り介護、今日は、母は、デイサービス、残り2時間で安息の時間が終わる。
少し休んでおこう。


介護を一人で実行されている皆さん。
行政サービスをご利用下さい。ケアマネジャーさんと相談してください。


介護を自宅にいる人(奥様に)押し付けてはいませんか、介護は、家族が協力して行うべきです。


孤立・孤独介護になっていませんか?
病院・行政・介護相談窓口は、いつでも相談に乗ってくれますよ。
共倒れにならぬように、世間体や体裁の問題ではありません。
安全、安心、安息、休養が取れてこその、見守り介護ですから。
介護犬です・・・・・が、


  どうかしましたか


  心配事ですか


  相談に乗ります。


  はぁ〜。   この頃多いんですよ。






 介護ですか


 それは心配ですね。






           ではこちらへ
 私と一緒に
がんばりましょう。 ?  ・・・・・
 がんばりましょう。


いや、失礼致しました。 かれこれ、私も介護されています。


一緒に、お世話させてもらっています。